地元の車社会と違って、東京は多くの人が行き交い、知らない人と沢山すれ違う街。



何が孕んでいるかも分からないので、猜疑心から私は声をかけられても振り向かない。

何が起きるか分からないから、歩いてる時はイヤホンもしないし、当然歩きスマホもしない。



都会は無意識に用心深くなる。



更に言うと、なんとなく相手の感情を捉えそうで、むやみに目を合わしたくないから人の顔も見ない。

身近にいる街の人は、背景と同じ。



都会で芸能人を見かける話でも、いつの間にか大人になってから見かけたことがない。

それもそのはずで、人の顔を見ていない。



多くの人とすれ違うのに、なるべく関りを持たないように避けてしまう。



ただ、目に留まる人もいる。

周りが見えていない無邪気な子供、ご年配の方のゆっくりとした歩行、白い杖で点字ブロックを伝っている方など。



子供と接する機会があった前職で、すっかり子供好きになった私は、無邪気さが微笑ましいとも思うし、
ぶつかりそうになっても、大人のこちらが気を付ければいいだけで、
電車の中で騒いでいても嫌に思ったことなどない。



赤ちゃんが泣いている時は、笑顔で声をかけてあげると泣き止むことがあるというけれど、

赤の他人に話しかけられたら不審に思うんじゃないのかな~、と思って話しかけたことはない。



私自身、猜疑心を持っているからこそ、
道端や駅で他人に声をかける事はしない。



だけど、もしも本当に困っていたとして、
誰かに声をかけられずに居るのだとしたら、こちらから勇気を出したいと思う。



先日も五反田駅の付近で、足早な帰宅ラッシュの人波の中、
おばあちゃんが一人、端っこで佇んでいた。



初めは誰かと待ち合わせしているものだと思ったけど、
ゆっくりした足取りで、右に行っては立ち止まり、また戻っては彷徨っている感じ。



私が声をかけても不審に思うだろうし、近くには地図看板もあるし、
わざわざ声をかけるまでもないと思い、おばあちゃんの横を通り過ぎた。



でも気になって振り向くと、
また別のとこへ行っては立ち止まり、周りを見ているようだった。

これは…!

おばあちゃんの元に向かい、咄嗟に「大丈夫ですか」と声をかけた。

不安げな顔だったのが明るくなり、「大丈夫です」と一言。



大丈夫と言われたらこれ以上聞くのも変だと思い、何かあればと、すぐそばの交番の場所をとりあえず伝えた。

そしたら深々とお辞儀をされ、「ありがとうございます」と、おばあちゃんからお礼を言われた。
胸が苦しかった。



私は何もしてあげれてないし、何ならただの待ち合わせかもしれないのに、人にお礼を言わせるなんて…

ましてや大丈夫?と聞かれて、迷惑をかけまいと思う人は、大丈夫と答えるに決まってる。



これまでに、駅で人波に外れ、1人不安げに佇んでいるご老人へ声をかけることは多々あり、

大概は乗り換えや出口が分からず、近くまで案内してあげる事はしていたけども…

何もしないでお礼を言わせたら、お節介や恩着せがましいことをしたんじゃないかと思い改めた。



これからは具体的に聞こうと決心し、
そして、不審者に思われないよう言葉は簡潔に!



それから一昨日コンビニで、ポットの前で困っているおばあちゃんがいた。

手には紙カップのコーヒー。

多分、コーヒーを薄めたいのだろうか。

店員に「ポットは使っていいの?」と聞いているが、おばあちゃんの言葉が伝わらなかったのか、

店員は「クーポンは次回使えます」と答え、おばあちゃんと嚙み合わない会話が繰り返されていた(笑)

「コーヒーを薄めたいんですよね」と話しかけたら、「そうなのよ~」と事は済んだ。



もしもあのまま他人事として見過ごしていたら、
きっとおばあちゃんも店員さんも雰囲気悪いままだったろうし、
私も店を出た後、気になってたままだと思う。



たったちょっと事なんだけど、
安易に他人の領域へ、気軽に入る事はしたくない。



そういった場で、気軽に声をかけられる方もきっといるのでしょうけど、

どんな人かも分からない世の中、
触らぬ神に祟りなしと、自ら首を突っ込もうとは本来思わない。



だけど、何かお困りであるだろうと思った時は、
声をかける勇気は持っていないといけないと思う。



ただ、気を付けたいのは、
自分の正義を押し付けるのではなく、人の為になることでないと意味がないということ。



良かれと思っても、世の中にはそれが不快に思う方もいるかもしれないし、

人の数だけ考えがあるように、思いもよらない答えの時だってある。



以前、電車で席を譲ろうと目の前のご年配の方に声をかけたら、きつい言葉で断られたこともあった。

もしかしたら周りの注目を受けるのが嫌だったのかもしれないし、大きなお世話だと憤慨したのかも…



それから目の前の方に席を譲ろうと思った時は、
電車を降りるフリをして、席から離れるようにした。

そうしたら、相手も座りたかったら座るし、相手の意に任せないといけない。




声をかける勇気も必要だけど、
”かける言葉"や"思いやる配慮”も大事だと思った。



限られた世界で生きているのではなく、
社会の中で自分は生きているのだと、常々実感する。










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